受賞者寄稿文

岡山大学病院　牛尾 聡一郎
（平成29年度　受賞者）

安全な薬物治療の提供を目指して

　この度は、平成29年度川崎医学・医療福祉学振興会教育研究助成を賜りましたことを深く感謝申し上げます。
　私は、これまで薬剤師として研究者として医薬品の適正使用に関する研究、特に抗がん剤による副作用に関する研究に携わってきました。抗がん剤の使用は、がん細胞だけでなく正常細胞に対しても毒性を示します。抗がん剤によって引き起こされる副作用は、悪心・嘔吐、末梢神経障害、骨髄抑制、脱毛など多岐に渡ります。私は、これまで抗がん剤による末梢神経障害の機序解明および保護薬の探索を行ってきました。その結果、抗がん剤による末梢神経障害の発現機序の一端を明らかにすることができ、発現機序に基づく保護薬を見出しました。平成29年度は、今までの研究を活かして抗がん剤誘発精神機能障害に対する有効な薬剤の探索をスタートさせました。がん患者は、手術や治療で生じる身体的苦痛に加え、将来への不安、死への恐怖など数多くの精神的苦痛に遭遇します。近年、さらに細胞障害作用を有する抗がん剤の投与は、中枢神経細胞にも影響を与え、精神機能障害を誘発する可能性が明らかとなりました。事前の研究で抗がん剤投与ラットにおいて、精神機能障害（情動性の変化、認知機能障害）が誘発されること、末梢脳由来神経栄養因子（BDNF）量が低下していること、海馬神経新生が抑制されることを明らかにしました。そこで私は、意欲低下、倦怠感などに使用される漢方薬に着目しました。本研究では、漢方薬の新たな作用として精神機能に対する効果を見出すことができました。本研究は、既承認薬の新たな効果を見出すドラッグリポジショニング研究であり、より詳細な薬理メカニズムの解明を行うことによって早期に臨床へ応用することが可能であると考えます。今後、研究を続け、少しでも早く安全な抗がん剤治療を提供できればと考えています。
　最後になりましたが、理事長をはじめとする公益財団法人川崎医学・医療福祉学振興会の関係各位に、厚く御礼を申し上げますとともに、ますますのご発展を祈念しております。

［平成31年3月1日掲載］