受賞者寄稿文

岡山大学　河合 穂高
（令和3年度　受賞者）

口腔癌遠隔臓器における転移促進的微小環境の研究

　この度は公益財団法人　川崎医学・医療福祉学振興会　教育研究助成に採択いただき、誠にありがとうございました。選考委員会の先生方および関係者の皆様に深謝いたします。

　腫瘍の遠隔転移は、患者の予後を悪くする最大の要因の一つです。転移が起こった場合では、転移が起こらない症例に比べて、著しく生存率が低下します。腫瘍の遠隔転移への治療は、患者にとって重要な項目ですが、未だそれを予防する手立てはありません。しかし近年、腫瘍は遠隔臓器に「前転移niche」と呼称される微小環境を形成し、同微小環境を足がかりにして転移が成立することが分かってきました。これは、癌が体に存在しても、前転移nicheが存在しなければ、腫瘍の転移は起こらないと言い換えることができます。本研究は、前転移niche形成を阻害することにより、「遠隔転移を予防する」という新たな治療戦略のもと立案されました。特に、本研究では、前転移nicheとその形成に重要な骨髄由来細胞の関係に着目し研究を行いました。

　今回、我々は、肺に形成される前転移nicheの骨髄由来細胞の役割を検討するために、骨髄移植マウスを作成しました。このマウスは、強い放射線を当てることにより自前の骨髄細胞を全て死滅させ、そこにGFPでラベルされた脊髄を移植することで、骨髄細胞のみをGFPで標識することができます。この骨髄移植マウスに、腫瘍細胞を移植してやることで、腫瘍組織や、転移組織、転移する前の臓器など、様々なエリアで、骨髄細胞の局在を観察することができます。

　実際、転移が起こる前の肺を観察すると、腫瘍を移植したマウスの方が、多くの骨髄由来細胞が集簇していました。また、集簇には規則性があり、小型の結節を形成していました。これらは、肺に形成された前転移nicheと考えられ、骨髄由来細胞の関与が示唆されました。また、集簇した骨髄由来細胞は、CD11b, Gr-1を発現している細胞であり、骨髄由来免疫抑制細胞であることが明らかとなりました。

　本研究により、腫瘍由来の成分が、遠隔臓器に免疫抑制の作用を示す骨髄由来細胞を集簇させ、自らが転移しやすい環境を形成している可能性が示唆されました。前転移niche形成に関与する細胞を阻害することで、新たな転移予防治療を確立する可能性が考えられました。最後になりましたが、これらの成果を得る機会を与えてくださいました貴財団の関係者の皆様方に、この場をお借りし再度厚く御礼申し上げるとともに、貴財団のますますの発展を心よりお祈り申し上げます。

［令和4年4月1日掲載］