受賞者寄稿文

川崎医科大学　林　周一
（令和3年度　受賞者）

女児てんかん原因遺伝子PCDH19の脳発生における役割の解明

　公益財団法人川崎医学・医療福祉学振興会教育助成にご採択頂き、誠にありがとうございました。役員および選考委員の先生方、関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。
　私は川崎医科大学解剖学教室で学生の解剖学教育に従事しながら、脳の発生の仕組みを研究しています。特に、細胞どうしの相互作用が神経回路の形成を制御する仕組みについて注目してきました。細胞間接着因子であるカドヘリン関連分子の中で、プロトカドヘリンと呼ばれるグループは、脊椎動物の主に発生期の脳に発現しています。プロトカドヘリン19（PCDH19）遺伝子はX染色体上にコードされ、その変異や欠失が女児に起こるてんかんの原因であることが2008年に示されました（Dibbens et al., 2008）。しかし、その発症機序については不明な点が多く残されています。私は以前に、Pcdh19ヘテロ接合型のメスマウスの脳では、Pcdh19発現細胞と欠損細胞の分布がモザイクになることを示しました（Hayashi et al., 2017）。また、同メスマウスはヘミ接合型のオスとは異なる行動異常を示すことを明らかにしてきました。しかし、抗体の強さが十分でなく、胎仔期の弱いPcdh19タンパク質の局在の検出が困難であり、また、タンパク質の正確な細胞局在を知るための免疫電子顕微鏡解析ができないという問題がありました。Pcdh19の変異によって起こる脳神経回路の異常の原因を明らかにするためには、Pcdh19の細胞レベルでの局在を知ることが重要です。
　そこで、私はCRISPR-Cas9によるゲノム編集技術を用いて、Pcdh19遺伝子の3’末端にタグを挿入したノックイン（Pcdh19-KI）マウスを作ることにしました。それにより、胎仔期から生後の発生期に渡って、Pcdh19タンパク質の局在を細胞レベルで調べることが可能になります。本助成による支援を得てPcdh19-KIの作製に成功し、現在、その解析を進めています。また、並行して、CRISPR-Cas9によるゲノム編集と子宮内穿孔法を組み合わせた遺伝子ノックアウトの系を確立し、大脳皮質におけるPcdh19のモザイク変異/欠損が神経回路の形成に及ぼす影響について研究を進めています。この研究を通して、PCDH19関連症候群の発症機序の解明に貢献していきたいと考えています。
　最後になりましたが、貴財団の益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。

［令和4年4月1日掲載］